谷謙二(2008)「高卒者の就職先と就職システム」、地理、第53巻2号

就職に伴う転居による人口移動を高卒就職者について見た論文。
高校と企業との間には長期安定的な求人・採用関係があり、それを「実績関係」と呼ぶ。
この関係は、高校と地元企業との間だけでなく、労働力不足の大都市の企業とも形成されていた。しかし労働需要が減少する長期不況下では、大都市からの求人が減少し、地元での就職割合が高まっている。
感想

  • 「実績関係」がまず一つ興味深い。これが成立したのは、求人・就職の双方で不確実性や探索コストを削減しようとした結果なのだろうか。おそらく大学の指定校推薦と同様に、就職先・生徒の両方で(多次元的にだが)序列化がなされているはずで、低位の企業、生徒はミスマッチ幅が大きくなりがちで、かつそれを甘受せざるを得ないということになっているのではないか。また、この種の制度が成立するためには、企業の(生徒・高校側から見た)人気度・序列と、(企業から見た)高校の序列、及び生徒の序列が安定的だということが必要ではないだろうか。
  • 高卒就職者の地元就職傾向が、遠隔地の求人が減っていることに加えて、求人情報が近隣のインフォーマルなものに依存しているからというのも興味深い。ITリテラシというよりもコネ、ローカル誌、職安情報で探すほかないというそもそもの問題があるかも。これは中年男性等の正社員中途採用でも同様の傾向を示すのではないか。また、基本的な性質として、労働者はなるべく居住地のそばに勤務地を選びたいと考えているとか、居住地近くの方が遠隔地よりも情報の不確実性が低く、適職発見期待が高いということとかがあるかもしれない。このことは、移民や出稼ぎがつてやシステム化された関係をしばしば頼ることと類似かもしれない。いずれにせよ、こうした労働移動の粘性は、労働需給が景気の遅行指標になっていることや、景気調整・産業構造調整等のラグの一因かもしれない。
  • 鹿児島県等が中京地域と結びつきが強いという指摘もなるほどと思える。1950年代から60年代の中卒者の労働移動でも中京地域への移動の大きさが指摘されているから、高卒者についてはそれの継続ではないかと思える。なぜこのような結びつきができたのかについては、挙げられている山口・江崎(2002)が一定の示唆を与えてくれるのではないか。
  • また、県外の求人が景気動向に敏感だというのは、地元出身者ではない遠隔地出身者を言わば景気の調整弁としたいということの表れかもしれないし、求人採用の費用便益差(探索費用や人材選抜確度など)が距離に比例するということかもしれないし、高校や生徒側の地元志向に伴う遠隔地プレミアムのような負担があるのかもしれない。県外求人が増えても、就職者側のそれへの反応が鈍いという指摘からも地元優先的な行動が伺える。この種の、高卒者の結果的な地元優先的な就職は、以前、名古屋での工業高校出身者とその子弟による人材還流が産業集積地域の技能者プールを支えているのではないかという話を聞いたことと符合して興味深い。工業高校と地場産業・産業集積との関係はしばしば指摘されているところだが、この辺りは中高生の進路選択行動と地域産業の技術・事業動向、さらに企業の人材への考え方、そして都道府県市町村の教育行政が絡み合う領域であり、地域の産業振興という立場からも重要なことが多い。

以下要約。

就職移動と就職システム

求職経験の内容は人によって大きく異なる。それは労働市場が細分化されているからである。
細分化=労働市場ごとに就職システムが異なっていること。学歴、性別、年齢、理系・文系、新卒・転職など。

高校就職移動の特徴

90年代以降、高卒就職者数は激減。

東京都への高卒就職者の出身地の推移:北関東・甲信越からの就職者は激減する一方、東北、九州・沖縄からは比較的維持されている。
東北地方の高卒者の就職先:基本的に自県内+東京都。仙台市も東北地方の就職先としては機能していない。90年代以降、東京都も減少傾向、自県内の比率が上昇。

大学進学先が広域に分散するのと対照的。これは大学進学が全国の大学を選択肢とする一方で、就職先の検討が全国的範囲では行われていないことの表れ。

高校と企業の実績関係

求人票は職安経由。
一人一社制:一人の生徒に対して一社のみ応募・推薦できる。
指定校制:過去に採用実績のある高校に対して学校指定で毎年求人を出す。

埼玉県の工業高校の事例

90年代における関係。生徒の就職先には実績関係が重要な役割を果たしていた。
90年代後半には東京都の実績関係の「強い」企業との関係が切れてきた。他方、相対的に地元への就職は維持された。

不況と情報源の変化

高卒者で自宅近くの就職先が選ばれる傾向が強まっている要因
1.東京からの求人が減少
2.使用する情報源の問題
大卒者はインターネットによる就職活動が増加しているが高卒者はそうでなく学校で職が見つからなかった場合には、友人・親族を中心とするインフォーマルな情報源に頼る。このため自宅を中心とする狭小な範囲で就業先が固定される傾向を持つ。フリーターの場合は更にその傾向が強まる。
京都市圏内でも郊外から東京都への就職が減少しており、若年層での都区部通勤率の低下が顕著となっている。

復活する実績関係?

景気回復→就職状況が改善傾向。
景気回復には地域差が大きい。

例:2007年3月末の鹿児島県の高卒求人
県内から:3059名分(前年比0.4%減)←→県外から:4万6735名分(18.1%増)
加茂(1999):姶良地域の高卒就職動向
・県外からの求人は景気動向によって大きく変動。
・県外からの求人が増えてもすぐに県外への就職率が高まるわけではない。

2003〜06年の愛知県への高卒流入者が顕著に増加。:近県よりも九州からの増加が多い。
山口・江崎(2002):中京地方の産業は高度成長期以降九州地方の高校と強い実績関係を持っている。

課題文献

加茂浩靖(1999)「わが国『周辺地域』における地域労働市場の性格と労働者の還流移動―鹿児島県姶良地域を事例として―」人文地理51, pp. 140-163
山口泰史・江崎雄治(2002)「高校生の就職における組織的求人システムについて―女子就職者における西南九州と中京圏の結びつきから―」季刊地理学54, pp.92-104