西粟倉村の朝日新聞社説(2009年4月19日)

ある林業再生―小さな挑戦の大きな意味

 日本は国土の67%を森林が占める。京都議定書に基づく温室効果ガスの削減率6%のうち、6割を森林の吸収力でまかなうと約束したほどだ。

 ところが、この緑豊かな国土が荒廃の危機にひんしている。戦後に植えられた森林が木材として利用され始める時期を迎えているのに、林業にそれを行える十分な力がないのだ。

 中小零細の山主が多く、大規模で計画的な経営ができない。高齢化と後継者難も深刻だ。木材相場の低迷で採算が悪化し、設備投資もままならない。

 この窮状を根底から逆転させようという挑戦が、中国地方の山里で始まった。兵庫と鳥取との境にある岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)。「平成の大合併」を拒み、昔から生業にしてきた林業で自立することを誓った村である。

  第一歩は、細かく分かれた私有林のとりまとめだった。600人の地権者が10年間、森を村に預け、村が経営して収益を還元する。道上正寿(みちうえ・まさとし)村長が12の集落で50回ほど説明会を開いて、この契約をとりまとめた。個人では最先端の大型伐採車両は買えない。それを通す作業道も引けない。「村に任せるしかない」と人々が団結した。

 次は資金調達。普通なら村が債券を発行するところだが、西粟倉はひとひねりした。CDづくりの資金をネット経由で多くの音楽好きから集めているベンチャー企業、ミュージックセキュリティーズ(東京都)のシステムを今月から使うことにしたのだ。

 森を大事にしたい全国の人から1口5万円、総額1億円の出資を募り始めた。これで大型伐採車両を買い、森林組合に貸す。作業の改善では、尾鷲ヒノキの美林経営で有名な速水林業三重県)の指導を受ける。

 さらに人だ。森林組合がこなす面積を6倍の年300ヘクタールへ増やすが、必要な増員はすべて都会の若者から募集する。「地元の人を優先して」という声もあったが、田舎の林業に希望をもつ人材を村へ呼び込むことが、村全体の刺激になると考えた。

 流通と加工面も改革する。木材価格の低迷の裏には、木材の産地が都会の住宅の好みを知らず、売れる部材を提供できなかったり、必要な時に必要な量の木材を供給できなかったりする問題がある。ここにメスを入れる。

 そのため、産地直送住宅や木材加工品の商社を村につくる。この社員にも都会の若者を雇う。都会の設計事務所工務店と連携し、設計施工の改善や供給の安定化を図る。

 林業を再生させるには、「人・モノ・カネ」の三つの面から、衰退の流れを逆転させる。そんな戦略が必要なのだろう。

 小さな山里で始まった小さなグリーン・ニューディールだ。成功例となって全国に広がることを期待したい。