クローズアップ:地方私大、公立化の功罪 - 毎日新聞(2019年9月6日 東京朝刊)
地方の私立大学が地元自治体運営の公立大学に移行するケースが相次いでいる。この10年で全国で11校が公立化した。自治体の公費支援による授業料の引き下げや「公立」というブランド力向上で志願者が急増。公立化は定員割れに苦しむ地方私大の経営立て直しの「特効薬」の様相だ。だが、経営不振に陥った私大の救済との指摘も出ており、国が進める大学改革に逆行する恐れも指摘されている。
学費半額、学生戻った
「高校の進路担当教諭の反応が変わった。中京圏からの入学者が増えている」。2018年度に公立化した公立諏訪東京理科大学(長野県茅野市)の牛山哲事務部長は、公立化によるメリットをそう話す。私大時代は定員割れと赤字経営に苦しんでいたが、公立化初年度の18年度入試は募集人員300人に対し全国から受験生が殺到。2370人が出願し志願倍率は7・9倍に急伸し、19年度も5・0倍と高倍率が続いている。
同大は東京理科大が技術者養成を目指し1990年に開設した短大が前身。地元自治体や産業界の要望を受け02年に4年制大学に移行した。だが、高校生の都会志向に加え通学に不便な立地がネックになり移行後間もなく定員割れし04年度に単体で赤字に転落。学部改編などテコ入れを図ったものの、14年度には定員300人に対し入学者が202人にまで落ち込んだ。他大学などへの進路変更を理由にした中途退学者の増加にも歯止めがかからず、大学側が14年4月、地元に公立化を要請。茅野市など周辺6市町村は約2年間の検討を経て「より地域に貢献する大学として充実させる」ことを条件に受け入れた。
再建の「秘策」
公立化に伴い一変したのは学費だ。私大当時、工学部の初年度学費は入学金を含め約141万円だった。公立化を機に、授業料を他の公立大と同じように国立大並みの53万5800円とこれまでの約半額に引き下げ、入学金を含めた学費を計81万7800円にした。同大2年の中島龍希さん(20)は「私立も合格したが学費のことを考えてここに決めた」と話す。同じく2年の竹本圭さん(19)も「高校の先生から、公立大の理系は授業内容が充実していると聞いた。就職にも有利だと思う」と満足している様子。学費引き下げと「公立」ブランドが学生を引きつけており、茅野市企画部長で大学を運営する公立大学法人設立団体の事務組合の加賀美積事務局長は、「社会的信頼がより高まり、広い地域から学力の高い学生が集まるようになった。効果は大きい」と言い切る。
地方私大の公立化は、09年度に高知工科大が口火を切った。その後、静岡文化芸術大、鳥取環境大、山口東京理科大、長野大などが続き、今年4月の千歳科学技術大で11校となった。それまで定員割れなどに苦しんでいた大学が多かったが、授業料軽減をテコに学生人気が高まり経営が好転。公立化は、立て直しの「秘策」(私大関係者)となっている。【宮坂一則】
税金頼み、改革に逆行
私大の公立化が相次ぐ背景には、生き残りを図りたい地方私大と地元の大学を失いたくない自治体の思惑が一致していることがある。
日本私立学校振興・共済事業団の調査によると、18年度に定員割れした私大は全体の36・1%に上り、約4割が授業料などの収入で運営経費を賄えない赤字経営に陥っているとされる。特に人口減や少子化が進む地方私大の経営状況は厳しい。自治体側も、大学が無くなれば人材育成が難しくなり地元産業の衰退が加速するとの危機感が強い。これまで公立化に踏み切ったのは大学誘致に熱心だった自治体が多い。
自治体にとって財政的なハードルが低いことも後押ししている。公立大の運営経費は、総務省が都道府県や市町村に配分する地方交付税で手当てされる。自治体が公立大を運営する場合は学生数に応じて交付税が増額されるため、事実上、新たに財源を用意しなくても公立化に踏み切ることができる。自治体は交付税から大学に補助金を支給する。大学は私大時代に比べ補助金が大幅に増えて財政的に安定。それを武器に授業料を引き下げ学生を集めることができ、自治体、大学、学生の3者にメリットがある形となっている。
他と不公平
だが、この仕組みを支えるのは全国の納税者で、実態は税金頼みだ。さらに、国が進める大学改革に逆行する恐れをはらむ。
今後、一層の少子化が見込まれるなか、文部科学省は国公私立の枠組みを超えた連携や、経営困難な大学への撤退を含む指導など大学の整理・統合を促す方針を打ち出している。大学の新設についても、定員やカリキュラムなど教学面を厳しくチェックして抑制する考えだ。財政支出を抑制したい財務省も、定員割れ大学への補助金見直しなどを通じ大学再編を促すよう求めている。そんな中、経営難の大学の公立化が相次げば、生き残りに努力する他の私大と不公平が生じる。
「淘汰進まぬ」
龍谷大学の佐藤龍子教授(高等教育論)は「大学教育全体をどうしていくか全体像の議論がないままに、個別の要望に応じて私大の公立化が進んでいる。既存の大学は再編、淘汰(とうた)など厳しい状況にあるのに公立大はノーコントロールだ」と警鐘を鳴らす。
私大を公立化する際、地元自治体は地域振興や若者の引き留めを目的の一つに掲げるケースが多い。だが、公立化後は全国から受験生が集まり競争率が高まる結果、地元の受験生が入りにくくなり、卒業生の地域内就職率がかえって下がるケースも少なくない。佐藤氏は「地方創生の点でも十分に成果が得られているとは言い難い。就職先や新産業をつくる覚悟がなければ、大学を残してもそれを生かすことはできない」と指摘する。【森有正、水戸健一】
支援拒む自治体も
これまで公立化した大学が立て直しに成功したこともあり、起死回生を図ろうと地元自治体に公立化を求める経営難の私大は増えている。だが、公立化しても定員割れなどで赤字が続けば国からの交付税だけでは運営費用が不足し自治体が財政支援を迫られる恐れがあるため、拒む自治体も出始めている。
新潟県柏崎市の桜井雅浩市長は昨年2月、地元の新潟産業大の公立化について「受け入れられない」と表明した。同大は14年11月に学生数の減少を理由に公立化を要請。その後、大胆な改革を求めた市長に対し、大学側は地域産業・文化振興への貢献を掲げ、地域密着型の学習プログラムによる学生確保や授業料引き下げを提示した。しかし、市長は改革案が独自性に乏しく財務面で不安があるため公立化を拒否した。
北海道旭川市では、定員割れに悩む旭川大が市に公立化を提案、西川将人市長は今年4月に公立化を表明した。だが、財政の負担増などを懸念する市議会で反対や慎重論が根強い。旭川市では14年に東海大が旭川キャンパスを撤退。若者流出に危機感を強めた地元経済界などから、木工業をはじめとする地域産業に密着する「公立ものづくり大学」の開設構想が浮上した。こうした中、旭川大から公立化の提案があり、新設する代わりに公立化する案を市が受け入れた。
しかし、市の試算では学生数や人件費の前提次第で黒字か赤字か分かれるため、市議会では反対も根強い。また、近隣の名寄市も反発。名寄市立大は保健福祉系が中心で旭川大と学部構成が似ており、旭川大が公立化されれば志願者の奪い合いになるためだ。名寄市の加藤剛士市長は「私大救済ではないか」と不快感をにじませる。【内藤陽、横田信行】
掲載図1:「2018年度に公立化された公立諏訪東京理科大学=長野県茅野市で2019年8月16日、清水憲司撮影」
掲載図2:「公立化した私立大学」(魚拓)
掲載図3:「国立、公立、私立各大学への公的な財政支援の流れ」(魚拓)
@大学紙面から:地方私大、相次ぎ公立化 定員割れで経営難、地元自治体が「救済」 - 毎日新聞(2016年2月9日 10時30分(最終更新 2月9日 18時36分))
若者の流出を食い止めようと、定員割れで経営難に陥った地方の私立大学を、地元の自治体が公立大学法人化する動きが各地で起きている。私大より学費は下がり、志願者は大幅に増えるという。しかし「大学間の公正な競争を妨げる」と懸念する声もある。今年4月から公立大学法人をスタートさせる2自治体の例から、自治体と大学のあり方を考える。
国の交付金で学費半減
山口県山陽小野田市の「山口東京理科大」は工学部の単科大学。地元自治体の協力で学校法人東京理科大(東京)が1987年に設立した短大が前身だ。95年に4年制大学となった。近年は定員割れが慢性化し、累積赤字は約90億円に上っていた。
市成長戦略室によると、2014年7月に理科大側が「市の公立大学法人にできないか。駄目な場合は廃校も視野に入れている」と申し入れてきた。公立大学法人になると国から学生数に応じた交付金を受けられる。市の試算では、一番厳しく見積もっても公立化後の9年間は赤字にならないとの結果が出た。
県内には国立の山口大に工学部があることもあり、市は単科大学のままでは公立化する必要性が弱いと判断し、県内初の薬学部新設を打ち出した。白井博文市長は「公立大学法人への選択こそ『地方創生』に役立つ。学費が半減し、県内唯一の薬学部が誕生すれば、進路の選択肢を増やし、市の産業力強化や定住促進につながる」(昨年1月の市民向けメッセージ)と強調。直後の昨年の入試(15年度入学者選抜)は受験生が定員200人の7倍を超えたという。市の担当者は「今年(16年度入学者選抜)は市長が高校を回り、テレビCMでもPRし、昨年以上の志願者が集まっている。卒業生の6割に県内に就職してもらうことを目指す」と話す。
若者人口確保するため
京都府福知山市の成美大学も今年4月から公立化され、「福知山公立大学」に改称する。
成美大は学校法人成美学園が2000年に設置した京都創成大学が前身。福知山市も設置時から27億円を負担して支援し、経営情報学部のみの単独学部で運営してきた。
開学当時は定員195人に106人が入学したが、近年は入学者が50人を下回るように。赤字決算が続き、複数の重大な問題があるとして、文部科学省の認証機関「大学基準協会」から「不適合」の判定を受けていた。学園や市民団体などの要望を受け、市が有識者会議を設置。その報告書は市内での4年制大学の存在意義を認めて公立化も一つの選択肢と判断したが、「抜本的な改革をしなければ公立化しても成功しないのではないか」との懸念も示した。
公立化を決めた市は、市民説明会で「大学は若者人口を確保する最も効果的な装置で、地方公立大学だからこそ学生が集まる」と理解を呼び掛けた。
新大学は「1学部、定員50人」を踏襲し、4月から学部名を「地域経営学部」に改称する。市大学政策課の担当者は「一年でも早く定員を200人に増やしたい」と話す。今年の入試では推薦入試の志願者が約6倍になるなど、定員を上回る志願者が集まっているという。
徳山大:「公立化を」 学校法人が周南市長に要望書 /山口 - 毎日新聞(2019年8月10日 山口版)
周南市の徳山大の高田隆学長と、運営する学校法人「徳山教育財団」の池田和夫理事長らが、公立化(市立化)を求める要望書を藤井律子市長に提出した。藤井市長は「町を元気にして、若者であふれるようにするにはとても重要だ」と述べ、2年後の大学創立50周年に向け検討を急ぐ考えを示した。
徳山大は、旧徳山市の主導で1971年に創立した公設民営の私大。経済学部、福祉情報学部に学生計約1110人が在籍する。
要望書は、文部科学省の推計で大学進学者数が2040年には17年比で約2割減少するとされていることなどを指摘。若者の大都市志向と相まって地方の小規模私大に直接影響すると懸念を表明して「公立化が最適な運営形態だ」としている。【真栄平研】